映画『審判』ジョン・ウィリアムズ監督インタビュー<前編>

『いちばん美しい夏』、『スターフィッシュホテル』、『佐渡テンペスト』のジョン・ウィリアムズ監督がフランツ・カフカの不条理文学『審判』を現代の東京を舞台に移して映画化。6月30日より渋谷・ユーロスペースで公開されます。100年以上前に書かれた作品を、なぜ今、映画化したのか?本作に込めた思いをジョン・ウィリアムズ監督に伺いました。

ジョン・ウィリアムズ監督


■フランツ・カフカとの出会い

―初めて『審判』を読んだ時のことを教えてください。

僕が『審判』に出会ったのは14歳の頃です。それまでは、ジェームズ・ボンドが登場するスパイ小説や推理小説などを好んで読んでいたのですが、ある日、たまたま新聞で「この本はカフカエスク(カフカ風)だ」という言葉を目にしたのです。「カフカエスク」とは何だろうと疑問に思い調べていくうちに、フランツ・カフカの『審判』に辿り着きました。『審判』は当時読んでいた作品とは全く異なり、霧の中にいるような、夢の中にいるような世界。「Kはなぜ逮捕されたのか?」「登場人物たちはなぜ非現実的な行動をとっているのか?」「なぜルールを守らなければならないのか?」と考えさせられました。ちょうど思春期で「なぜ生きているのか?」と問い始める時期でもあり、父への反発もあって、言葉では説明できないけれど心に響くものがありました。

―10代の多感な時期に『審判』に出会うというのは衝撃だったのではないでしょうか?

そうですね、思春期はややこしい時期。ピュアでありながらも色々と考えたり感情を抑圧したりするから、無邪気ではない。自分の中にある鬼のような感情(怒り・暴力・性欲など)が出てくるので、そうした感情と葛藤し闘いながら生きていく時期です。それを表現している本と出会うのは、ある意味、面白い。ちょうどいいタイミングだったと思います。それからドイツ文学を勉強したくなり、ケンブリッジ大学でドイツ文学を専攻し、ずっとカフカを読んでいました。

―まさに人生を変えた一冊ですね。その当時から映像のイメージがあったのでしょうか?

最初は小説の世界を理解できなかったのですが、不思議なことに頭の中にはイメージが出来上がっていました。霧の中のイメージで、オーソン・ウェルズ監督が映画化した『審判』のような、白と黒のはっきりしない迷路のような世界。ずっと映画化したいと考えていましたが、その思いだけでは、映画化する動機や理由にはならないと思ったんです。東日本大震災後、舞台のために書いた脚本をもとに映画化しようとしましたが、急に、「なぜ『審判』を映画化するのか?」その意味が自分でも分からなくなってしまった。映画化してしまうとその世界に観客がついていけなくなるのではないかと。その時は映画「審判」の企画は90%やめるつもりでいました。

―では、何がきっかけで映画化に至ったのでしょうか?

やめようと思っていたその日、地下鉄の駅の改札を流れるように通過する人々の光景を目にしたのですが、電子マネーで改札を通る時の「ピーッ、ピーッ」という音を聞いているうちに、だんだんと人々の姿が無意識に改札を通るロボットのように見えた。そこで「ハッ!」とひらめいたんです。『審判』の世界を現代の日本に置き換えれば、さらに面白くなると。『審判』の世界は今の日本でも起こりうること。それまでのビジョンを完全に捨てて、ゼロから脚本を書き直しました。もう一度本を読み一章を書き上げ、また本を読み二章を書き上げ、また本を読み三章を書き上げて…、それを繰り返して完成させました。

―完成した脚本は舞台の脚本と大きく違いますか?

まったく違いますね。僕は、自分が作りたいものと、それを観客が見たときにどのように理解されるのかを常に気にしています。観客に伝える強いメッセージがないと、最終的に僕のモチベーションがなくなってしまう。脚本を書いていても途中で中断することもあるし、完成しても映画化していない作品がたまっています。今回の映画はピントが合っていた。東日本大震災の後に抱いた社会や政治に対する不安、それは僕だけが感じている不安じゃないと思う。この日本はどうなっているのか。原作『審判』そのものを大事にしながら、現代の日本へのメッセージを込めて脚本を書き上げました。

■ジョン・ウィリアムズ監督が考える不条理とは?

―『審判』は不条理文学と呼ばれています。「不条理」という目には見えないものを具現化するのは難しいと思いますが、監督ご自身は「不条理」をどうとらえていらっしゃいますか?

「不条理」はよく使われている言葉ですが、実はよく分からないままに使っている人たちもいると思います。イギリス人にとって説明しやすいのはモンティ・パイソンのようなユーモア。今の日本の若い人たちは知らないかもしれませんが、僕の思春期はモンティ・パイソンが流行っていました。

―テレビ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』で一躍有名になりましたね。

他の国にも同様のものがあるかもしれませんが、シュールなテレビ番組で、あのくらい極端に、わけのわからないことをコミカルだと言っている番組や、モンティ・パイソンのようなユーモアが、今はすごく少ない。今回の映画はモンティ・パイソンではないけれど、僕たちが日頃「これは常識、これは非常識」と思っていることに疑問を抱かせる。ルール化された社会を考えさせるために、別の視点から大袈裟なシンボルを立てて、大胆なことをやる。常識と現実の間にヒビを入れてギャップを開かせることが不条理なのではないかと思います。

―実際に映画化する際に難しかった部分はありますか?

まず、ストーリー自体は現実にはありえない。理由なく逮捕されることは非現実的なので、観客がついていけるようなストーリーを考えることが僕のチャレンジでした。そして、その非現実的な出来事を現実としてどう演じるか、これは役者たちのチャレンジでした。もうひとつは、女性の描き方。下手をするとセクシスト(性差別主義者)になりすぎてしまう。登場人物は皆、何らかの形で主人公の彼を利用しようとしているから、女性も男性も嫌な奴が多い。良い人はほとんどいない。女性たちはシステムの中での犠牲者。システムの中で生きていてそれを壊せず、決められた役割を担わなければならないというのを描きたかった。

『審判』(c) Carl Vanassche

―彼を誘惑する女性たちは魅惑的ですね。

彼女たちは女性として性的な魅力を使わなければならない。そうしないとシステムの中で生きられない。とくに裁判所の女性は性欲を権力のツールとして使っています。隣人の女性は彼に惹かれていたけど、ちょっとためらう。ある意味で本当の自分を見せられない。皆、システムの中で歪んでいる役割を演じる女優になってしまい、本当の顔を見せられないでいる。日本は他の国に比べて、まだ性差別が根強く残る国だと思います。女性には本当の自由がない国。学校から仕事まで、男性が作ったルールに則らないととすぐに追い出されてしまう。私が働いている大学という組織は独特な世界なので、できるだけ平等でやろうとしていますが、学生や卒業生から高校や会社の雰囲気やルールを聞くと、まだ「男性中心の世界」だと感じます。そういう要素も入れたかったのです。

『審判』(c) Carl Vanassche

■繊細な音へのこだわり

―突然の逮捕、理解し難いシステムに翻弄される不安や戸惑いなど、心象を表すような後味の残る音が印象的でした。何か工夫があるのでしょうか?

非常に優秀なサウンドデザイナーの小川武さんが、色々な音を作ってくださいました。小川さんはとても想像力が豊かで、読書家です。「このシチュエーションで不安を残すためにこのような音はどうですか?」と台本の段階から音の話をしていました。僕は、映画は映像だけでなく音の世界も大事だと思っているので、小川さんとの音の仕上げはかなり楽しい作業でした。観客が気づくかどうか分からないですが、‟あるシーン“に夜の海の波の音を使っています。かすかに聞こえるのですが、それによって冷たい感じが表現できた。そうした面白い遊びを各シーンに入れています。

『審判』(c) Carl Vanassche

―音へのこだわりが細部に隠れているのですね。

はい。チェロの音も、チェロ奏者が映像を見ながらその場の即興で音を出して合わせてくれたり、あえてノイズを入れたり。僕も色々アイデアを出しましたが、小川さんと作曲家のスワベック・コバレフスキさんが非常に頑張ってくれました。ミキシングの段階になると大抵、「もっとこうしておけばよかった」といろんな後悔が出てくるのですが、音の作業が楽しかったので、そんなことは考えませんでした。

インタビュー後編に続く

(撮影・インタビュー・文 出澤 由美子)


<PROFILE>
ジョン・ウィリアムズ(John Williams)
映画監督、脚本家、プロデューサー。上智大学外国語学部英語学科教授。英国に生まれ、1988年に来日。数々の日本の短編映画やドキュメンタリー、長編映画の脚本、監督、制作を行う。第1作目である『いちばん美しい夏』は、ハワイ国際映画祭でグランプリを獲得し、その他の国際映画祭でも多数の賞を受賞。佐藤浩市、木村多江主演の『スターフィッシュホテル』は、ルクセンブルグ国際映画祭でグランプリを獲得した。佐渡島を舞台とした第3作目『佐渡テンペスト』は、シェイクスピアの『テンペスト』をもとに、能などの日本の伝統芸能とロックを融合した作品で、シカゴ国際映画音楽祭にてグランプリを受賞。


『審判』

©100 Meter Films 2018 (c) Carl Vanassche

2018年6月30日(土)より 渋谷・ユーロスペースにて公開ほか全国順次

<あらすじ>
現代の東京。とあるマンションの一室で銀行員の木村陽介が目覚めると、見知らぬふたりの男が立っていた。逮捕を告げに来たと言うのだが罪状は不明。ふたりは逮捕状も見せないまま我が物顔で部屋中を物色し、木村を困惑させる。
次の日曜日。裁判所へと向かった木村は、郊外の古びた学校にたどり着く。体育館に一時的に設けられた「法廷」で判事と対面するが、話は全くかみ合わない。ずさんでいい加減な対応に戸惑い、苛立ちをあらわにするが、まともに審議もされないまま閉廷を言い渡される。身に覚えのない突然の逮捕によって、次第に追い詰められていく木村。
無実を訴えてあがけばあがくほど、蜘蛛の巣のような“システム”に絡みとられ、どんどん身動きができなくなっていく。ここから抜け出す方法はあるのか?救いを求めて奔走するものの、期待はことごとく外れていく。そして木村は、出口のないこの迷路の終焉に、気づき始めるのだった―。

<キャスト>
にわつとむ
常石梨乃 田邉淳一 工藤雄作
川上史津子 早川知子 関根愛 村田一朗 大宮イチ
坂東彌十郎(特別出演) 高橋長英 品川徹
監督・脚本 ジョン・ウィリアムズ
音楽 スワベック・コバレフスキ
原作 フランツ・カフカ「審判」
プロデューサー 高木祥衣 古川実咲子 塩崎祥平
撮影 早野嘉伸
照明 大久保礼司
録音 小川武
美術 中村三五
編集 稲川実希
音響効果 堀内みゆき
監督補 高田真幸
助監督 岩崎祐
ヘアメイク 西尾潤子 松本幸子
衣装 斎藤安津菜
制作担当 竹上俊一
人形創作・操演 グラシオブルオ
後援 上智大学ヨーロッパ研究所 公益財団法人日独協会
製作・配給 百米映画社
公式サイトはこちら http://shinpan-film.com/

2018-06-27 | Posted in NEWSComments Closed 
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