『ぼくのこわれないコンパス』、クラウドファンディングに向けた記者会見レポート

児童養護施設で暮らす子どもたちに焦点を当て、直面するさまざまな問題や大自然の中で「生きる力」を取り戻していく姿を描いたドキュメンタリー映画『ぼくのこわれないコンパス』の撮影が進んでいる。

本作では、完成に向けて、到達しない場合は1円も受け取ることができない「All or Nothing方式」を採用した500万円を目標とするクラウドファンディングで寄付を募っている。

8月8日に都内で記者会見が行われ、元毎日新聞、BuzzFeed Japan記者の石戸諭氏が、トモヤとマット・ミラー監督、臨床心理カウンセラーの園田京子氏に、本作を作る意義や、児童養護施設の子どもたちの現実について訪ねた。その様子をリポートする。


(左からトモヤさん、マット・ミラー監督)

司会:マットのお父さんは、アメリカ人と日本人の間に生まれたんですよね?このドキュメンタリーの制作には、お父さんの過去が大きく関わっているそうですが、どのような過去があったんですか?

マット:僕の父は、第二次世界大戦後、孤児として日本の児童養護施設で育ちました。(母親が結婚した義理の父親からの)虐待であったりとか、幾つもの苦難を受けました。僕の父はアメリカ人の家族の養子になったけれど、残念ながら日本で受けたトラウマが重く、父が成人しても重くのしかかりました。そのトラウマに対するカウンセリングなどが受けられなかったからだと思います。2006年、僕は父の心の癒しを探しに来日しました。父の過去のリサーチをする過程で、日本の児童養護施設にいる子どもたちの現状について知ることとなり、僕自身何か行動に起こさなくてはいけないと思いました。その結果がこのドキュメンタリーです。

(マット・ミラー監督)

司会:お父さんは当時の思い出を語っていますか?

マット:2〜3回のみです。父は過去について話したがりません。でも、父は、僕が日本にいて、ドキュメンタリーを作っていることを喜んでくれています。

司会:日本の児童養護施設を見て、問題点はありましたか?

マット:30軒くらいの色々な施設を回ったのですが、一番印象的だったのは、子供達は物理的には良く面倒をみてもらっている。住む場所はいいところで、食事もあります。でも、子どもたちの心の痛みが治療されていないということは明らかにわかりました。それは僕の父の状況を彷彿とさせました。父は面倒をみてもらっていましたが、精神的な心のサポートは得られませんでした。トモヤなど子ども達に会って、精神的に、心理学的にサポートが必要だと思いました。

司会:園田さんのような専門家の目から見ると、どのような課題があると思いますか?

園田:トモヤさんの場合でも制度上はカウンセラーが施設にいたはずなんですが、会うのは年に1回だとかという状況で、そういう状況だとカウンセリングにはならないんです。カウンセリングというのは、最低10セッション、週に1回位のペースでやらないといけないと思います。子ども時代に一定の解決ができても、成長に応じて、思春期、就職してから、結婚してから、子どもを持ってから、そういったトラウマがまた騒ぎ出すんです。その都度その都度の中長期的な支援が絶対に必要だと思います。

司会: マットさん、トモヤさんはどのような点でドキュメンタリーの被写体として魅力的ですか?

マット:トモヤはが経験した幾つもの状況は、今現在施設で暮らしている子ども達も経験したことだという点で、トモヤは完璧な被写体です。

司会:トモヤさんはドキュメンタリーの被写体としてカメラの前に出るという決意をしましたが、決断は大変でしたか?

トモヤ:何年か悩んで、周りに広めたいという気持ちで、取り組みました。

(トモヤさん)

司会:トモヤさんは、児童養護施設の子どもたちについての状況を知らない人たちに発信したいという気持ちが強くて、制作に関わることにしたんですか?

トモヤ: 養護施設の子ども達ってプライバシーがすごく守られていて、「自分の周りに問題が起きて(自分は今)養護施設にいる」ということは自分からは言えないので、そういう人のためにも、施設からは既に出た僕が、広められたらなと思います。

司会:トモヤさんは東日本大震災の被災者ですが、その部分はドキュメンタリー映画が完成した際に見てもらうとして、東京のお母さんと新しい家族と住むようになってから、中学1年だった2012年にネグレクトと児童虐待が発覚して、児童養護施設に保護されたそうですが、話せる範囲で辛かったことを教えてください。

トモヤ:最初はすごく軽くて、ご飯を食べさせてもらえないとかその位だったんですけれど、徐々に部屋に外鍵をつけられて、閉じ込められたり、家から出られなくなったりして、そこから辛くなったという感じです。

司会:このドキュメンタリーでもかなり赤裸々に語っていると思うんですけれど、話しているときに辛くなったりしたことはありますか?

トモヤ:話している時にフラッシュバックみたいになって辛いなという時もあったんですが、これが明るみに出ないと変わらないと思うので、これでみんなの見方が変わってくれるなら、それでいいやという気持ちで話しました。結構大変でした。

司会:18歳になって施設を出て感じることはありますか?

トモヤ:最初施設を出た頃は、週に1〜2回位施設に顔を見せていたんですけれど、徐々に顔を見せなくなって、連絡の手段もあまりなくて、僕って施設にいたのかな位の遠い記憶になっています。顔を見せたら見せたで、『ここはいいところだな』と思います。

司会:トモヤさんは今は何をされているんですか?

トモヤ:保育士の資格を取りたいと思って、学生になりたいなぁと思って、アルバイトをしながら学費を貯めています。保育士になって、子供と関われる仕事につけたらなと思います。学費を貯めるのは結構大変です。

司会:園田さん、トモヤさんの経験は、よくある経験なんですか?

園田:厚生労働省の発表では、今児童養護施設にいるお子さんの中の、60%近く、59.3%の子が何らかの形での虐待もしくは放棄を経験しています。児童虐待の相談件数も、年間13万人になっています。施設に入るというところまでには行かず、祖父母や親戚の家で育っていたりだとか、里親の家で育っていたりだとか、違いがあっても、心の傷をそのままにしたまま、様々なトラウマによる心のざわつきと日々向き合いながら生きている子はいるんだろうと感じます。

(園田京子さん)

司会:18歳になって施設を出ると、ケアもそこで切れてしまうという問題もあるんですかね?

園田:厚生労働省の方も2017年3月31日に通達を出していまして、「20歳まで、状況に応じては22歳までは支援を続けることはできる」という改革を実行しようとしていますけれど、トラウマを抱えた人間というのは、いっぱい虐待を受けていて自分を素敵とは思えないんです。放棄された人間は自分は重要だとは思えない中で、十分なカウンセリングを施設にいる時も受けられていない、施設を出たら、自腹でやらなくてはいけない。そういった中で自分が問題を抱えながらずっと一人で生きていく大変さは、親元で育った子が、18歳になったから東京に出てきて自活します、という大変さとはまた違った大変さを日々抱えていると思います。

司会:虐待という問題でいうと、僕自身、昔新聞社にいたので、事件としては取材も報道もしてきていて、児童養護施設も何度か行ったことがあるけれど、あまりトラウマを抱えた子ども達という視点で取材をしたり、その後どのようなケアが必要という発信というのは、僕自身もまだまだできていなかったなと反省していますが、現在のメディアの現状として、虐待問題に関して大きな関心を集めているとは言い難いですよね?

園田:今年採択してから30年になる、また日本が批准してから25年になる「子どもの権利条約」の39条というのは、トモヤさんのような、虐待の被害を受けた子ども達の心の回復は権利だよと訴えています。そこの部分がポコッと抜けているような気がします。『みらいの森』のような活動の中で、子どもはいい支援、カウンセリング、プレーセラピー、トラウマケアがあれば、その逆境を跳ね返す力を持っている、そして、これからの人生を力強く歩んでいく力を持つことができるんだけれど、十分な支援がないというのが大事な問題だと思います。

(石戸諭さん)

<質疑応答> 

質問:園田先生、日本では、一時保護施設は2ヶ月、養護施設は18歳までということなんですが、アメリカではどうなんでしょうか?

園田:アメリカというのは州によって制度が違うんですが、コロラド州とニューメキシコ州では、18歳になると自立が必要となります。しかし、自立する前に半年以上かけて、準備をしていきます。別の施設に入って、半分共同生活だけれど、個室があって、ご飯は自分で作るなど、練習期間があります。また、自立した後もケースワーカーがついて、「どうしてる?最近心が騒いでいるか、じゃあしばらくカウンセリングに通う?」というような形で、その子その子に必要なものを充てがっていくということができていると感じます。 

質問:最近日本で一時保護施設を第三者委員会が調べたら、どうも酷いことをやっているらしいと新聞に出ていました。次の養護施設に行く前の2ヶ月なので、壁に向かってご飯を食べなくてはいけないところもあると書いてありました。トモヤさんはどういうことが辛かったですか?

トモヤ:何かちょっといけないことをすると、図書室みたいなところで、教科書の長い文を原稿用紙に書き写して、その後反省文を書いたりしました。一番辛いなと思ったのが、一時保護所にいると勉強が全然できないことです。僕は中1の夏位から入ったんですけれど、2ヶ月後位に一時保護所を出て学校に行った時に、やっている勉強が全然違って、何をやっているかわからなかったです。中1は基礎的なことを学ぶじゃないですか。(保護される前から)約半年以上空いた学力を1〜2週間で全教科追いつかなくてはいけなかったので、何回か投げ出したくなりました。数学とか国語なら小学校からやっているのでいいですけれど、英語は最近は小学生からやっているところもあるかもしれないですけれど、僕は地方出身であまり英語に触れていなかったので、そこが一番大変でした。

質問:18歳で養護施設を出た後に、困った時に助けてくれるシステムはありますか?

トモヤ:頼れる人はいたりはするんですけれど、「最近どう?」とかじゃなくて、自分から行かないと動かないです。誰かが定期的に訪ねてきてくれるということはないです。

質問:マット監督、今現在の映画の制作の状況とこれからの予定は?

マット:80% を撮り終えていて、残り4〜5週間分撮影があります。そしてポストプロダクションをし、世界の映画祭に応募したいです。この映画を通してこのテーマについて皆が話すようになってくれたらいいなと思います。人が最大限に生きられるよう、必要なサポートを提供する必要があると伝えたいです。子ども時代は貴重です。トラウマを抱えているのであれば、サポートが必要です。

この映画を、福祉のプロ、教育者などに使ってもらい、施設にいる、傷ついて孤独を感じている子ども達に見てもらい、トモヤの話を聞いて、自分は一人じゃない、自分は壊れていない、ただサポートが必要なんだと気づいて欲しいなと思っています。

司会:最後にメッセージをお願いします。

園田:子供は回復する力がある。けれど、一人では難しい。こうした『みらいの森』がやっているプログラムは今千葉大学で自然セラピーという形で調査が進んでいます。コルチゾールというストレスホルモンを下げる力があるのが数値でもわかっています。こうした自然の中での活動やプレイセラピーなどの遊戯療法、そうした心の支援というのがあれば、子どもはこの厳しい経験を乗り越える力を培えることができると信じています。映画でその必要性を訴えるのは重要だと思います。

マット:この映画を支援していただきたい理由は、子どもは大切で、すべての命が大切だからです。このメッセージを信じていなければ、寄付をお願いしません。この映画が、将来子どもたちが必要な支援やケアを受ける助けになると信じています。

トモヤ:この映画を通して、児童養護施設にいる子ども達一人一人の助けになれればなと思います。


<登壇者プロフィール>

主人公:トモヤ 
2歳の頃から漁師の祖父母と3人で暮らす。2011年3月11日、当時11歳のトモヤは、東日本大震災の津波で、祖父母と住んでいた家を失う。祖父母が見つからないまま3週間が過ぎた頃、それまで数える程しか会ったことがなかった母親が迎えに来て、東京で母親と母親の新しい家族と一緒に住むことになる。2012年6月に母親によるネグレクト、9月に虐待が発覚。東京の児童養護施設に保護され、居場所を見つける。2014年夏より、児童養護施設で暮らす子どもたちのためのサマーキャンプ『みらいの森』に参加。

監督:マット・ミラー(Matt Miller)
アメリカ生まれ。彼の父親はアメリカ人の父と日本人の母の間に日本で生まれ、第二次世界大戦の混乱の中、孤児として日本の児童養護施設で育ち、10歳の時に養子として渡米。児童養護施設で育った父親のルーツを辿りたいと2006年に来日したマットは、日本では現在も沢山の子どもたちが児童養護施設で暮らしている現実を知ることになる。子どもの権利を守るために、映画制作を通してより多くの人々の意識や行動に変化を促すことを目的に活動している。

登壇者:園田京子
遊戯療法やEMDRを用い、虐待・放棄、死別を初めとする心の傷(トラウマ)の治療を専門とする。現在、国際子ども権利センター認定講師として子ども時代の逆境体験(Adverse Childhood Experiences)の中長期的な心身への影響や、子どもの権利条約39条「被害を受けた子どもの回復と社会復帰の権利」に関する講演、あらゆる形態の子どもへの暴力を防ぐための子育て講座を実施。TELLカウンセリングセンターでカウンセリングも提供している。


◆クラウドファンディングURL
https://www.kickstarter.com/projects/thethingswecarry/the-invincible-compass
◆オフィシャル・ホームページ
https://my-invincible-compass.com/

2019-08-11 | Posted in NEWSComments Closed 
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