公開中『まともな男』ミヒャ・レビンスキー監督インタビュー
2016年にスイスで絶賛を浴びた衝撃の問題作『まともな男』(配給:カルチュアルライフ)が、11月18日(土)より 新宿K’s cinemaにて上映されている。
この物語の主人公は決して異常な人間ではなく、どこにでもいる、いたって普通の“まともな男”。頼まれて嘘をつくことで負のスパイラルに陥り、観る者に目を背けたくなるような“嫌な共感”を与える。原題の「Nichts Passiert」は、ドイツ語で「何も起こってない」という意味だが、何もなかったことにしたい主人公の偽善的な行動、自己保身、事なかれ主義、ありがちな行動に「ギクッ」とする人も多いはず。
公開に合わせて来日したミヒャ・レビンスキー監督に作品についてお話をうかがった。
―本当のことが言えなくなってしまった主人公の気持ちが分かる気がします。
男性の方が共感する人が若干多かったと思います。女性は「なぜ、そこでそうするのか?」とおっしゃる方が多かったように思います。男性より女性の方がいざというときに問題に向き合う勇敢さや勇気があるような気がします。
―監督が主人公だったら、どうしましたか。
正直なところわからないです。例えば、ドイツではホロコーストを今も現実にある問題として捉えています。もし、自分がその場にいたら、いつ声を上げ、行動を起こしただろうか。誰もが早い段階で声を上げたい、何かしたいと思っているでしょう。
同じように、この作品の登場人物だとしたら、自分も良い人間でありたいと思っているので、早い段階で警察に行きたいけれど、実際に行くかどうかはわからない。
日本にはノーという文化がなく、ノーと言うのは無礼だと思われる。レイプされかけた女の子が果たして「止めて」と言えたのかを考えました。「自分が思わせぶりなことをしてしまったから、こうなってしまったのかもしれない」、「自分が悪かったのかもしれない」と考えたら、女の子も言い出すのが難しい。だから、なおのこと難しくなってしまう。そんなことを考えました。
―立ち止まるきっかけは何度もありましたが、そのたびに障害が出てきました。
人生において、いつも何かしらの障害や理由があります。夜中に叫び声が聞こえたとする。何か起こっているのはわかってはいるけれど、「寝巻きだから外に出られない」と思ったりするかもしれない。映画でもひょっとしたら奥さんは「何かあったような気がするけれど、静かな環境で仕事がしたいから、知らない方がいいかもしれない」とわざと黙っていたのかもしれません。
―監督から主人公に何かアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけてあげますか。
愛されたいという承認欲求はみんな持っていますが、愛されることに依存している人間はとても弱い。彼はそれがとても強い。いつも愛してもらうために何かしなくちゃいけないと不安に駆られています。もしトーマスにアドバイスできるのであれば、「みんなに好かれなくてもいい。正しい行いをここぞというときにできるようになれば、もっと愛してもらえるかもしれない」と伝えたいですね。
―トーマスの妻は結婚して子どもを持ったことで仕事がはかどらないとイライラしています。監督も前作の後、お子さんが生まれました。そういった私生活の変化が反映しているのでしょうか。
ヨーロッパでは、家庭を持ったらすべてのことができないといけません。男は仕事に出て、女は家庭を守るのではなく、夫も妻も同じだけクリエイティブであり続けたい。お金も稼ぎたい。子どものための時間も取りたい。そして夫婦であり続けたい。しかし、それはとても難しいこと。トーマスの妻に少しは反映していると思います。
―レイプの問題が取り上げられています。リサーチはどのようにされましたか。
まず関連する資料をたくさん読みました。その後、相談センターで話を聞いたのですが、いろいろなケースがあるのを知って、びっくりしました。事件は1つ1つ違い、反応も違う。次の日に元気になったかと思えば、その3時間後には鬱になってしまったりする。話を聞いた相談センターのロゴがチラシに入っています。
―ザラがアフターピルを知っていてびっくりしました。スイスのティーンエージャーには当然の知識なのでしょうか。
普通に知っています。むしろティーンエージャーたちが「避妊をしていないけれどアフターピルがあるから大丈夫」と軽はずみな気持ちで性行為に及んでしまうのが問題かもしれません。
―登場人物はお酒を日常的に飲んでいるように見受けられますが、監督は飲酒に関してどう考えていらっしゃいますか。
日本とスイスは似ています。つねに礼儀正しくしないといけない。社交的というか、付き合いの良さが大事。社会の基準や常識にコントロールされている気がします。どこかでふっと息を抜く時間が必要。そんなときお酒は役に立ちますね。しかし、トーマスの問題は飲酒ではなく、もっと根深いところにあります。それがなくなったらお酒を飲みたい気持ちはなくなるのかもしれません。お酒は自分の緊張感を緩和させるもの。トーマスは今、圧力鍋のような状態です。
―今後の野望についてお聞かせください。
作品を撮った上で、家族と過ごす時間も確保する。仕事と家庭のバランスがいい感じに取れるといいですね。それでまた東京に来たいです。
ミヒャ・レビンスキー監督
1972年ドイツのカッセルで生まれ、スイスのチューリヒで育つ。中等教育卒業後、学業と両立しながら、フリーランスのジャーナリスト、編集者、音楽家として活動する。監督としてデビューする以前に脚本家としても成功している。2005年『Herr Goldstein』で監督デビューを果たし、ロカルノ国際映画祭で金豹賞など多くの賞を受賞した。2008年、初めての長編作品である『Der Freund』は海外でも賞を受賞し、スイス映画賞では作品賞に輝いている。また、同作品はアカデミー賞にも出品された。2010年、その次の作品である『Will You Marry Us?』はスイスとドイツで16万人を動員する大成功を収めた。2016年にはスイス映画賞において、本作『まともな男』で最優秀脚本賞を受賞した。
『まともな男』
【STORY】
中年会社員のトーマスは、休暇に家族全員でスキー旅行に行くことにした。しかし、妻とは長く倦怠期が続いており、娘は反抗期。さらには成り行きで上司の娘であるザラも一緒に連れて行くことになる。初日の夜、ザラが行方不明に。トーマスは街角で悲壮に暮れるザラを発見するが、彼女は「レイプされた」と告白する。警察に行こう提案するも、本人は行きたくないと言う。本人の気持ちを尊重して、どうにか丸く収めようとトーマスは小さなウソを重ねていくが、事態はますます悪い方向へ進んでゆく…。11月18日(土)より 新宿K‘s cinemaほか全国ロードショー
監督:ミヒャ・レビンスキー
出演:デーヴィト・シュトリーゾフ、マレン・エッゲルト、アニーナ・ヴァルト、ロッテ・ベッカー、ステファヌ・メーダー、マックス・フバッヒャー、ビート・マルティ、オリアナ・シュラーゲ、テレーゼ・アフォルター
配給:カルチュアルライフ
©Cultural Life & PLAN B FILM. All Rights Reserved.
公式サイト: http://www.culturallife.jp/matomonaotoko
<取材・文:堀木三紀>