映画『心に吹く風』ユン・ソクホ監督インタビュー
韓国で数々の名作ドラマを手がけ、「冬のソナタ」(02)で日本の韓流ブームの立役者となった韓国の巨匠ユン・ソクホ監督。「死ぬまでにぜひ、やってみたかった」と挑んだのが映画『心に吹く風』です。これまでの作品でも繰り返し取り上げてきた“初恋”をテーマに自ら脚本も執筆。高校時代に愛し合い、23年ぶりに再会した男女が過ごす奇跡のような数日間を描いています。
作品のプロモーションも兼ねて来日したユン・ソクホ監督に、作品について語っていただきました。
「映画作りは死ぬまでに絶対やりたいことのひとつ」とうかがっています。初めての映画を韓国ではなく、日本で作ったのはなぜでしょうか。
例えば「死ぬまでに1回あそこに行ってみたい」と思っていても、現実ではなかなか行けません。それと同じで「いつか映画を撮りたい」という気持ちはありましたが、会社を運営しながらドラマを続けて撮っていたので踏み出せずにいました。あるとき松竹のプロデューサーである深田さんに出会い、「一緒に映画を撮りませんか」と言われたのです。思いもしなかった提案に運命かもしれないと思いました。そして、せっかく新しいことにチャレンジするなら、慣れない土地で挑戦してみるのもおもしろいかもしれない。そんな好奇心が起こりました。深田さんから「予算は限られていますが、その中でやりたいことを何でも自由にやってください」と言われ、自由という言葉がうれしかったのが決め手でした。
「力ある監督が撮りたい映画を自由に撮る」というのは、松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画プロジェクトのテーマですね。
最初は深田さんが本社にいるときにご提案いただきましたが、そのときはドラマのスケジュールもあって断念しました。その後、深田さんがブロードキャスティングに異動し、もう一回声を掛けていただいたのです。作家主義のこのプロジェクトは「映画を撮るならアート映画をやりたい」と思っていた自分にマッチしていました。大きな予算の商業映画だったら、むしろ違うと思ったかもしれません。
脚本も監督自身が書かれています。ストーリーを思いつくきっかけはどんなことだったのでしょうか。
「こういう映画を撮りたい」と思いがあったわけではありません。「せっかく自由にできるのなら、映画を撮る日本に行って構想を練ろう」と大好きな北海道に1カ月くらい滞在して考えました。今まで描いたことはなかったのですが、個人的にビデオアートに興味がありました。そしてビデオアートをするなら風を表現したい。これは美術の領域かもしれませんが、今回はビデオアートに、もともと好きな“初恋”というテーマが溶け込んだ作品になりました。
北海道を好きになったきっかけは2012年の韓国ドラマ『ラブレイン』を富良野や旭川などで撮影したことでしょうか。
『ラブレイン』ではなく、『北の国から』を通して北海道という場所を知りました。この仕事をする以前のことです。富良野と美瑛に初めて行ったのは、冬ソナをきっかけにNHK札幌放送局に出演したときでした。それ以来個人的に好きな場所になり、何度も訪れています。『ラブレイン』は冬の北海道を撮ったので、今回は別の季節にしました。
風で木々がざわめいているところに日が差し、それを車の中から撮影した様子を「風と日差しのスキンシップ」と表現していました。監督のアイデアでしょうか。
撮影の1年前のことですが、公園の駐車場に停めておいた車に戻ると、フロントガラスを通して光が動いているのが見えました。日差しが葉と葉の間を通ってフロントガラスにぶつかり、反射が起きて光って見えたものが、風が吹いて葉が動くことで動いていたのです。神秘的でした。私はラブストーリーが好きなので、葉と葉が愛をささやいているように見え、一種のスキンシップのように思えたのです。お互いがお互いに触れたがっている。これを映画に使いたいと思いました。太陽の位置と角度、車を置く場所によって反射がどう変わるのか。その場所を何度も訪れて、いちばんきれいに見える時間帯を確認しました。実際の撮影を同じ時期にして、同じ場所と時間帯で撮影したのですが、風が吹かないと光に動きが起こらない。3回くらい失敗して、やっと撮れた場面でした。
風待ちが必要ということで、撮影は天気に左右されたのでしょうか。
そうですね。撮影がスケジュール通りに行かず、“風さま”待ちで、助監督をはじめとするスタッフのみなさんは大変だったと思います。
触れたいけれど触れられない。もどかしさが手の動きのアップでセリフ以上に伝わってきました。
表情を見せてしまうと直接的な表現になってしまいます。何かもっと想像できるように間接的な表現がしたいと思い、手の動きを選んで意図的に演出しました。車の中で手が触れるのか、触れないのかというシーンの間に、風で葉がひっくり返ったりするカットを入れたのですが、「手をつないだ」とか「もっと先まで進んだ」と見る人に想像してもらえればと思っています。
主人公の高校時代のシーンでは声を消しています。それも想像できるようにという演出でしょうか。
今という現実では主人公たちは中年です。その現実に美しい過去を侵入させたくありませんでした。2人の思い出の中に残っている素敵なイメージだけを見せるようにしたのです。
主演の真田麻垂美さんは16年ぶりのスクリーン復帰です。監督がアプローチされたのでしょうか。
今回のプロジェクトのテーマのひとつが「新しい俳優を発掘する」です。応募者と面接をして、一次合格をした人たちとワークショップをしました。そこで演技指導をしながらオーディションをして、真田さんが勝ち残ったのです。後から映画に出たことがある人だと知って、その作品を見ましたが、最初から真田さんを選んだわけではありません。
風を撮影中に「私有地で何をしている」と主人公たちが怒られるシーンがありました。監督も過去にご経験がありますか。
そういう経験はたくさんあります。そこが私有地なのか、誰に言えばいいのかわからないまま、そこが「きれいだ」と思って撮影していたら、「何をやっているんだ」と怒られたりしました。
私有地の場合、「立ち入り禁止」といった注意書きが立っていることがあります。それを見て入らない人と、見ても入る人がいます。春香は真面目なので、もし注意書きがあったら入らないタイプです。知らないから入ってしまいました。あとから2人で「悪いことしちゃった」、「知らなかったことだから仕方がないよ」、「でも気になる」と話をしますが、ここは春香の真面目な性格を説明するシーンでした。
「風が吹く日は心にも風が吹く」というセリフが作品のベースにあります。これは監督がいつも感じていることなのでしょうか。
人間は自然と繋がってる。地球もどこかと繋がっている。確かなことはわからないけれど、すべてが繋がっているのではないかと思います。春香の気持ちが決まるときに、2本の木が互いに近づくようなシーンがありますが、触れたい、触れたいというそのシーンは、春香もリョウスケに会いたい、会いたいという気持ちと同じです。その気持ちを自然と人が繋がっているような演出にしました。そういった意味で、自然で風が吹くと人間の心にも風が吹くと私は常日頃から思っています。
これから映画をご覧になる方へメッセージをお願いします。
ドラマよりも考えられる余白を残しておきました。映画を通してたくさんの風が出てきます。みなさんの心にどんな風が吹くかわかりませんが、できれば前向きな風が吹くことを願っています。作品では風とともに自然もたくさん映し出されます。単純に背景としての役割だけでなく、いろいろな意味を持たせて撮っているので、そういうことも考えるともっと楽しく見ていただけると思います。
最後に、監督の野望を教えてください。
ユン・ソクホ評というものができあがっている気がします。自分らしくない映画を撮ってみたいですね。自分が見ても「これ、自分で作ったの」というような、ひと味違う作品をドラマではなく映画で撮ってみたいです。
(取材:堀木三紀/出澤由美子 文:堀木三紀)
ユン・ソクホ監督
1957年6月4日生まれ。韓国ソウル特別市出身。
85年にテレビ局KBSに入社し、92年の「明日は愛」で連続ドラマの演出家としてデビュー。自然を細やかにとらえる映像美と卓越した色彩感覚を発揮しながら数々のドラマを手がける。00年の「秋の童話」は、韓国だけでなく中華圏でも大ヒットし、“韓流”の火付け役に。さらに続く「冬のソナタ」が04年、日本でも地上波で放送され、空前のブームを巻き起こす。主演のペ・ヨンジュンをはじめとする俳優たちが爆発的な人気を獲得すると同時にユン・ソクホ監督も韓流の立役者として広く知られるようになり、大統領表彰をはじめ、数々の賞に輝いた。「夏の香り」(03)、「春のワルツ」(06)と続いた四季シリーズを完結させた後は、人気俳優チャン・グンソクとガールズグループ少女時代のユナを主人公に起用した「ラブレイン」(12)を発表している。01年にKBSを離れ、04年に自身の制作会社YOON’S COLORを設立。06年には『冬のソナタ ザミュージカルWinterSonata,TheMusical』の総合演出を担当した。
<フィルモグラフィー>(すべてテレビドラマ)
1992 「明日は愛」(共同監督)
1994 「フィーリング」
1994「愛の挨拶」
1996 「COLOR カラー」
1997「プロポーズ」
1997「ウエディングドレス」
1998 「純粋」
1999「クァンキ」
1999「インビテーション」
2000「秋の童話」
『心に吹く風』
<STORY>
友人の住む北海道・富良野の郊外を訪れ、作品作りのための撮影を続けていたビデオアーティストのリョウスケ。乗っていた車が故障し、電話を借りるために立ち寄った家でドアを開けたのは、高校時代の恋人・春香だった。
23年ぶりに再会した彼女に家族がいることを知りつつも、撮影へと連れ出すリョウスケ。彼のお気に入りの小屋の中で雨宿りをしながら話すうちに高校時代の気持ちを思い出していく春香。静かな時間の中でふたりの距離は縮まっていく。
翌々日には北海道を離れなければならないリョウスケは、もう1日だけ一緒に過ごしたいと春香に頼むが…。6月17日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!!
監督・脚本 ユン・ソクホ
音楽:イ・ジス
出演:眞島秀和 真田麻垂美
鈴木 仁 駒井 蓮 長内美那子 菅原大吉 長谷川朝晴
製作:松竹ブロードキャスティング
配給:松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
©松竹ブロードキャスティング
公式サイト:http://www.kokoronifukukaze.com/