10月6日公開『エルネスト』阪本順治監督インタビュー

2017年に没後50年を迎えたエルネスト・チェ・ゲバラはキューバ革命の英雄として、いまなおカリスマ的な人気を誇る。そんな彼の意志に共感した日系人がいた。その名はフレディ前村ウルタード。医師を志してキューバに留学中、ゲバラと出会い、ファーストネームのエルネストを授けられたフレディはボリビアの軍事政権との戦いで25歳の若さで散った。その知られざる生涯を描いた日本・キューバ合作の映画『エルネスト』が10月6日(金)に公開される。メガホンを執った阪本順治監督に作品への思いをうかがった。

『エルネスト』

©2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.

―この作品を制作しようと思ったきっかけを教えてください。
別の企画でラテンアメリカの日系移民について調べていたときに、ゲバラとともに戦って亡くなったフレディ・前村というボリビアの日系移民がいたことを知ったのです。フレディのご家族が書いた『革命の侍-チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯』という本が日本で出版されていることもわかりました。学生時代からチェ・ゲバラには興味があり、ある程度の知識はあったのですが、まさか彼と行動をともにして亡くなった日系人がいるとは思いもしませんでした。日系人と日本人は違います。しかし、日本人の血が流れている。そんな人が自分の祖国を含め、ラテンアメリカを解放したいという思いに命を賭してゲバラとともにボリビアで戦った。知らなかったから余計に、彼の人生に興味を持ちました。

―実在の人物を描いたのは初めてですね。
劇映画ですから、ある程度はフィクションで仕立てていきますが、フレディや彼の家族を傷つける描写をしてはいけない。このことにはかなり気を遣いました。『革命の侍-チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯』にフレディの人となりが書いてあります。しかし、もっと生の声が聞きたいと思い、ハバナ大学で一緒に学んだ方々にお話をうかがいました。かなりご高齢でしたが、キューバに5人、ボリビアに1人いらっしゃったのです。お蔭で具体的なエピソードを盛り込むことができました。

『エルネスト』

©2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.

―日本語で書いた脚本をスペイン語に翻訳することに歯がゆさはありましたでしょうか。
日本語は主語がなかったり、ニュアンスだけだったりと特有の言い回しがあります。それをスペイン語に翻訳すると主語がはっきりした文章になります。ほんのひとことの日本語がスペイン語にすると長い文章になってしまったこともありました。ただ、それは英語やロシア語、タイ語でも同じ。覚悟の上でやっています。

―撮影が始まってから脚本の変更はありませんでしたか。
設定を変更するとオダギリくんがスペイン語のセリフを覚え直すのが大変です。キューバに行ってからは大きな変更をしませんでした。しかし、スケジュール通りにいかないときはシーンを割くこともありました。脚本の微調整は「日本語で言うとこういう風なセリフを付け足したい」など、理由も含めてキューバの方に伝えると、そのまま翻訳するのではなく、ニュアンスや意味を含めて直してくれました。学友同士で話す時と教授と話す時では言葉が違います。話す相手は目上なのか、目下なのか、同期なのか。そういったこともきちんと伝えて直してもらいました。

―本作はキューバとの合作です。日本での撮影にはない苦労があったのではないでしょうか。
キューバは社会主義国。何をするにも国の許可が必要です。日本のようにちょっとした許可を取れば撮影できるというレベルではありません。国としてまだ緊迫していますから、発砲許可は他の海外よりも厳しかったですね。なかなか下りない許可を待っていると何もせずに時間だけが過ぎてしまいます。もっといいアイデアがあるのではないかと必死に考えました。キューバだから急場の馬鹿力ではないけれど、追い詰められて初めて発想できることもありましたね。できないからと諦めてしまうのは自分自身が辛い。まずは頭の作業で遅れを挽回するようにしました。

―ロケハンも大変だったのではありませんか。
ジャングルなら問題ありませんが、ハバナ大学を見たいと思っても勝手には入れません。見たい場所を事前に申請しておき、そこを案内してもらう感じでした。申請して許可が下りるまでのテンポは日本とは違いましたね。

『エルネスト』

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―3年半の準備期間に他の作品を撮りながら、キューバへ10回、ボリビアへ2回訪れています。
この企画は1~2年ではできないとわかっていましたから、「撮影は16年秋前後」と目標を決めて長いスパンで進めていました。その間に『ジョーのあした 辰吉丈一郎(※ 吉は下の線が長い。丈は右上に点)との20年』を編集し、『団地』を制作したのです。『団地』は『エルネスト』とはまったく違うタイプの作品。チェ・ゲバラと同じくらいの存在感がある藤山直美さんがいましたからね。2つを混同することなく、頭を切り替えてできました。

―気持ちの切り替えはできても、体力的にはハードだったと思います。
60歳近くなり、体力の衰えを感じています。しかし『エルネスト』以外に何もしなかったら、3カ月に1回、キューバに行くだけ。かえって気持ちが疲れていたでしょう。やることがあってよかったと思っています。

―撮影にあたって何か試したことはありましたか。
せっかく革命の映画を撮るのだから、常識に囚われない撮り方をしたい。具体的には、長いシーンもワンカットで撮りました。

―順撮りをしなかったと聞いています。
学生時代を撮ってから10キロ以上痩せて、髪の毛や髭を伸ばしていたら、半年以上中断するようになります。オダギリくんには日本で髪も髭も爪も伸ばして、ゲリラ戦士の状態でキューバ入りしてもらいました。順撮りする方が役者は楽だと思いますが、今回の場合は、フレディが最終的にどこに行きついて、どのように命を閉じたかを先に経験することで、何気ない学生生活の中で蓄積したものがわかる。逆算した芝居ができるという良さがありました。

―オダギリさんはフレディよりかなり年上です。
日本はタレント名鑑などに年齢が書いてありますが、外国では書いてありません。その歳に見えればいい。実年齢に影響されないのです。それに1960年前後の頃の20歳は今より老けてますよ。当時の学生たちの写真を見ると顔が老成しています。オダギリくんはフレディに見えると思いましたし、同級生たちも30~35歳の俳優です。20歳ではありません。ゲバラを演じたホワンくんは28歳くらいでオダギリくんより若い。髭を蓄えているということもありますが、貫禄で見せています。最終日にホワンくんがオダギリくんに歳を聞き、びっくりしてましたよ。

『エルネスト』

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―現場での意思伝達はスムーズにできましたか。
日本人は27人、キューバ人は100人いましたが、情報は共有しなくてはいけません。通訳は日本から1人連れて行き、現地に住む日本人にもお願いしました。どのパートにも日本人とキューバ人がいましたから、いちばん多いときは5〜6人の通訳がパートごとに入って、僕の言葉を同時通訳的にキューバのスタッフに伝えました。キューバの方には英語を話す人もいたので、日本人が英語を話せれば通訳がいらなかった部署もありました。しかし、僕も含めて日本人は英語が苦手な人が多い。通訳は必要でした。

―本作の撮影を通じて、どんなことを感じましたか。
キューバでは映画人が音楽家や画家と同じように、芸術家として認められています。現場でもスタッフからの敬意を端々で感じました。日本では「監督」と呼んで立ててくれるものの、使い捨てですからね。中国や韓国で小学生に将来の夢を聞くと、アーティストとして映画監督がベストテンに入りますが、日本ではありえません。意識の差を感じました。

―今後の野望をお聞かせください
1本作ったあとに、自分の道しるべのような目標を見つける。遠くは見ていません。まずはこの映画の行く末ですね。今の日本映画の潮流の中では特異な作品です。普通は企画が通りません。それを僕らは成し遂げたので、ある程度の結果を生み出したい。それによって映画界の若い人たちが「こういう映画も作れば勝てる」と知ってほしいと思っています。

阪本順治 監督 プロフィール

『エルネスト』阪本順治監督

脚本・監督
1958年生まれ、大阪府出身。大学在学中より、石井聰亙(現:岳龍)、井筒和幸、川島透といった“邦画ニューウェイブ”の一翼を担う監督たちの現場にスタッフとして参加する。89年、赤井英和主演の『どついたるねん』で監督デビューし、芸術推奨文部大臣新人賞、日本映画監督協会新人賞、ブルーリボン賞最優秀作品賞ほか数々の映画賞を受賞。満を持して実現した藤山直美主演の『顔』(00)では、日本アカデミー賞最優秀監督賞や毎日映画コンクール日本映画大賞・監督賞などを受賞、確固たる地位を築き、以降もジャンルを問わず刺激的な作品をコンスタントに撮り続けている。
昨年は斬新なSFコメディ『団地』(16)で藤山直美と16年ぶりに再タッグを組み、第19回上海国際映画祭にて金爵賞最優秀女優賞をもたらした。その他の主な作品は、『KT』(02)、『亡国のイージス』(05)、『魂萌え!』(07)、『闇の子供たち』(08)、『座頭市THE LAST』(10)、『大鹿村騒動記』(11)、『北のカナリアたち』(12)、『人類資金』(13) 、『ジョーのあした―辰一郎との20年―』(16)などがある。

『エルネスト』
<STORY>
50年前、チェ・ゲバラに“エルネスト”と名付けられ、行動をともにした、ひとりの日系人がいた。キューバ革命の英雄、エルネスト・チェ・ゲバラ。自らの信念を突き通した生き方、その比類なきカリスマ性によって、今なお世界の人々を魅了し続けているこの男は、1967年、ボリビア戦線で命を落とした。同じ頃、ボリビアでゲバラと共に行動し、ゲバラからファーストネームである<エルネスト>を戦士名として授けられた日系人がいた。その名は、フレディ前村。日系二世として生まれたフレディは、医者を志し、キューバの国立ハバナ大学へと留学する。そしてキューバ危機のさなかにチェ・ゲバラと出会い、その深い魅力に心酔し、ゲバラの部隊に参加。やがてボリビア軍事政権へと立ち向かっていく。
10月6日(金)TOHOシネマズ 新宿他全国ロードショー
脚本・監督:阪本順治
出演:オダギリジョー、永山絢斗、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ、アレクシス・ディアス・デ・ビジェガス
配給:キノフィルムズ/木下グループ
2017年|日本・キューバ合作|スペイン語・日本語|DCP|ビスタサイズ|124分
©2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.
公式サイト:http://www.ernesto.jp/

2017-10-05 | Posted in NEWSComments Closed