タイガーさんが僕のロマンになった。映画『新宿タイガー』より佐藤慶紀監督インタビュー
新宿で40年以上、虎のお面をかぶりド派手な格好をして新聞配達を続ける男性がいる。“新宿タイガー”と呼ばれるその男性は、一体何者なのか? 彼を追ったドキュメンタリー映画『新宿タイガー』が、3月22日からテアトル新宿で公開される。本作で監督を務めた佐藤慶紀氏は、なぜ、新宿タイガーに密着したのか。撮影に至った経緯や撮影秘話をうかがいました。
◆密着するうちにタイガーさんの世界を応援したいと思うようになった
──佐藤監督はいつから新宿タイガーさんのことをご存知でしたか?
実は、僕は映画を撮るまで新宿タイガー(以下、タイガー)さんのことを知らなかったんです。
──ではなぜ、“新宿タイガー”のドキュメンタリー映画を撮ろうと思ったのでしょうか?
本作の企画の小林良二さんが新宿の映画館で何度もタイガーさんに会って興味を持っていて、プロデューサーから「新宿タイガーのドキュメンタリーを撮ってみないか?」とお話をいただいたのがきっかけです。
──タイガーさんの第一印象を教えてください。
初めてタイガーさんの写真を見た時に、「なぜこんな格好をしているんだろう?」と、一瞬で好奇心が湧きました。調べてみると、45年以上もこの格好をしている。日常生活も新聞配達の時もこの格好をしているんです。そこでさらに興味が湧いて、「なぜ、そこまでしてやるのか。何十年もどんな意志を持ってこの格好をしているのか?」と、色々なことを知りたくなりました。
──密着してみていかがでしたか?
当初は、なぜ“新宿タイガー”が生まれたのか、「なぜ」の部分を明かしたいという野望がありました。でも、タイガーさんはその部分を決して明かさない。僕はある時から、タイガーさんの動機よりも、今もやり続けていることが大切であり、面白いなと思うようになりました。ある意味、謎があるから成立するというか、「こういう理由でやり始めたんだ」という答えを知ってしまったら、そこでタイガーさんという存在が終わってしまうような気がするんです。タイガーさんはフィクションの世界を持って自分を作り上げているだろうし、僕もタイガーさんの世界を応援したいと思うようになりました。
──撮影を続けていくうちに、明かしたいという野望から、タイガーさんの世界を守りたいという思いに変わっていった?
そうですね。タイガーさんは、今後も新聞配達を続けるとおっしゃっています。続けてもらいたいですし、これからも新宿の街でタイガーさんを見て、びっくりしてくれる人が出てきて欲しいですし(笑)。深いところまで分からない方が面白いのかなと。
──たしかに、謎めいた人ほど興味が湧きます。映画では虎のお面を選んだ理由が明かされていて興味深かったです。タイガーさんの生き方と、新宿という街が歩んできた歴史が描かれていますね。
タイガーさんは新宿に45年以上も住んでいらっしゃる。“新宿タイガー”が生まれた理由に、新宿の歴史が共にあるのではないかと思いました。タイガーさんの謎に絡めて新宿の歴史を描いたら、映画として面白いのではないかと思いました。
◆モテる秘訣はジェントルマンな褒め方にあり?
──撮影中の面白かったエピソードを教えてください。
タイガーさんから電話がかかってきて、「今日飲みに行くんだけど、来ない?」と言われて、それを撮らせてもらうことが多かったのですが、タイガーさんは撮影を口実にデートをしたかったのではないかと(笑)。
──女優さんとのデートが多くて驚きました!
新聞配達が本業ですから、実際は映画で描いているほど頻繁にデートはしていないと思います。飲み屋の女の人にはすごく話しかけに行きますけど(笑)。
──美女がお好きなんですね(笑)。女優さんと話すタイガーさんの表情はとても幸せそうです。ありのままのタイガーさんをとらえていらっしゃる。
カメラの気配を消しながら回し続けて、なるべくタイガーさんが気持ち良く、心地良くいられる状態で撮り続けました。そうすることで、タイガーさんの素の面が出てくるのではないかなと。制作者は何かしらの意図を持って被写体に働きかけていくと思うのですが、タイガーさんは予測不可能なので、そういうのが難しいというか(笑)。自然に出てきた表情を拾い集めて編集していきました。
──何時間くらいカメラを回し続けたのでしょうか?
36回撮影して、飲みに行くと5~6時間は回しているので、200時間弱くらいですかね。不思議なことに、タイガーさんは僕が何回撮影に行ったか覚えているんですよ。
──すごい記憶力ですね。出演者のみなさんの表情も温かくて素敵です。
タイガーさんが女性を褒める時は本心から褒めていて、女性もいい表情になってくる。それは見ていていいなと思いました。
──奥様や恋人であってもなかなか言えないことを、タイガーさんはストレートにおっしゃる。女性をストレートに褒めるのは、照れくさかったり恥ずかしかったりすると思いますが、間近でご覧になっていて、タイガーさんが羨ましいと思うことはありましたか?
そこまでストレートに言えるのは、ある意味、すごいな、羨ましいなと思いました(笑)。ジェントルマンな感じのタイガーさんの褒め方は、女性にすごくささるんです。
◆夢とロマンを追う男
──タイガーさんの言葉には愛がある。タイガーさんの懐の深さや心の温かさが伝わってきます。美女と映画、そして、夢とロマンを追う一人の男性として描かれています。
この映画を撮るまでは、夢もロマンも、僕としてはそんなに好きな言葉ではなかったんです。理想的すぎるというか、理想にばかり突っ走ってもうまくいかないと思っていたので。タイガーさんのドキュメンタリーを描くにあたり、当初は完成した今の映画のような感じは全く予想していなくて、理想やロマンを描く映画にはしたくないと思っていました。でも、タイガーさんが「夢とロマン」とおっしゃっていて、実際にそれをやっていらっしゃる。言葉だけではなく行動されているのを見て、僕もそれに感化されました。映画でロマンを描いてみようかなと。
──監督の中で変化が起きたのですね
そうですね。僕の中で、タイガーさんが僕のロマンになったというか(笑)。ドキュメンタリーで誰か一人の対象を映すのであれば、好きと嫌いが半々くらいの方が、客観的にも見れてちょうどいいのかなと思います。僕も最初は、「知りたい」と思ってタイガーさんを撮り始めたのですが、少し経つとタイガーさんのことを嫌いになってしまって(笑)。
──なぜですか?
色々聞きたいと思って突っ込んでいくと、タイガーさんも防御反応が出てしまう。それを通り越して、今は「タイガーさんのことを好き」という感情の方が大きくなった。「応援したいな」という気持ちになったんです。こういう映画作品があってもいいんじゃないかと。
──タイガーさんは周りの人を自然に巻き込んでいく力があると思います。タイガーさんは、優しくて温かい人たちに囲まれて、愛に包まれていると思いました。これから『新宿タイガー』をご覧になる皆様へメッセージをお願いします。
タイガーさんを見て楽しんでいただきつつ、タイガーさんみたいな生き方をしている人が新宿にいるということを見ていただきたいです。映画にも登場するセリフですが、ご本人も「金よりも夢」だとおっしゃっています。それを実行している人は数少ないですし、人間は弱い存在だと思うので、なかなか実行できないと思うんです。こうしてずっと続けているという人はなかなかいないと思います。周りの人たちもタイガーさんを応援していて、新宿でみなさん楽しく生きています。こういう生き方をしている人がいてもいいんだよというのが伝わればいいなと思います。
──次回作の構想や、これから実現したい「野望」をお聞かせください。
まだ脚本の段階ですが、次回作は、前作の『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』につながる作品を考えています。『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』は、遺族である母親が犯人の死刑判決に反対する話です。上映中に、西山諒さん演じる母親と同じ境遇の女性にお会いしました。その女性は犯人の死刑判決に反対した。その結果、犯人は無期懲役になり、その後、何年か経って釈放されたそうです。「自分が許したせいで、犯人が釈放された。そうなると責任が生じてくる」とその女性はおっしゃっていました。「許すことには責任が伴う」ということを、深く掘り下げて考える映画を作りたいと思っています。
(撮影・インタビュー・文:出澤由美子)
PLOFIEL
佐藤 慶紀(さとう・よしのり)
1975年愛知県半田市生まれ。アメリカの南カリフォルニア大学・映画制作学科卒業。フリーランスTVディレクターとして働きながら、自主映画を作り続けている。長編自主映画第1作目の『BAD CHILD』は、第29回ロサンゼルス・アジア太平洋映画祭に公式出品され、東京、愛知、宮城、北海道など、全国15カ所で自主上映会を開催。全国47都道府県での上映を目指し、現在も自主上映活動を続けている。長編第2作目の『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』は、第21回釜山国際映画祭ニューかレンツ部門に正式出品され、第23回ヴズール国際アジア映画祭のインターナショナルコンペティション部門でスペシャルメンションを受賞。第12回大阪アジアン映画祭のインディフォーラム部門にも正式出品された。『新宿タイガー』は初のドキュメンタリー作品である。
映画『新宿タイガー』は2019年3月22日(金)よりテアトル新宿にてレイトショー公開他全国順次。
『新宿タイガー』
【STORY】
東京のエンターテインメントをリードする街・新宿。
1960年代から1970年代にかけ、新宿は社会運動の中心だった。
2018年、この街には“新宿タイガー“と呼ばれる年配の男性がいる。彼はいつも虎のお面を被り、ド派手な格好をし、毎日新宿中を歩いている。
彼は、彼が24歳だった1972年に、死ぬまでこの格好でタイガーとして生きることを決意した。1972年当時、何が彼をそう決意させたのか?
彼が働く新聞販売店や、1998年のオープン時と2012年のリニューアル時のポスターにタイガーを起用したTOWER RECORDS新宿店の関係者、ゴールデン街の店主たちなど、様々な人へのインタビューを通じ、虎のお面の裏に隠された彼の意図と、一つのことを貫き通すことの素晴らしさ、そして新宿の街が担ってきた重要な役割に迫る。
監督・撮影・編集:佐藤慶紀
出演:新宿タイガー 寺島しのぶ(ナレーション) 八嶋智人 渋川清彦 睡蓮みどり 井口昇 久保新二 石川ゆうや 里見瑤子 宮下今日子 外波山文明 速水今日子 しのはら実加 田代葉子 大上こうじ、他
公式サイト:http://shinjuku-tiger.com/
公式Twitter:@shinjuku_tiger1