湊かなえ原作、9月16日公開『望郷』菊地健雄監督インタビュー
ミステリー作家として有名な湊かなえが第65回日本推理作家協会賞を受賞した「望郷」が映画化され、9月16日(土)より公開される。原作は6編が収録された短編集。その中から「夢の国」「光の航路」を取り上げ、「夢の国」パートの主人公・夢都子を貫地谷しほり、「光の航路」パートの主人公・航を大東駿介が演じ、ある島で暮らす2組の親子の過去と未来の物語を描く。メガホンを取った菊地健雄監督にお話をうかがった。
<STORY>
古いしきたりを重んじる家庭に育った夢都子(貫地谷しほり)は、故郷に縛られ生活をしていた。彼女にとって幼いころから本土にある“ドリームランド”が自由の象徴だったが、それは祖母や母(木村多江)のもとで暮らす彼女には決して叶わない“自由”であった。月日は流れ結婚をし、幸せな家庭を築く中、ドリームランドが今年で閉園になるという話を耳にする。憧れの場所がなくなる前に、彼女はずっと抱えてきた想いを語り始める――。
一方、転任の為9年ぶりに本土から故郷に戻った航(大東駿介)のもとには、ある日、亡き父(緒形直人)の教え子と名乗る畑野が訪問してくる。彼は、航が知らなかった教師としての父の姿を語り出し、父親のことを誤解していたと知るが――。
―この作品を監督することになったきっかけを教えてください。
湊かなえ先生の本は何冊か読んでいましたが、「望郷」はプロデューサーから渡されました。6つの作品からなる短編集ですが、3つはすでにテレビ東京でドラマ化されています。それ以外の3つ「夢の国」「光の航路」「石の十字架」で映画にできないかと打診されました。作品はすべて白綱島が舞台で、故郷をめぐる親子の関係がモチーフになっています。デビュー作『ディアーディアー』を故郷で撮った自分としては、作品を貫く故郷に対する思いの部分で繋がりを感じたので「ぜひやらせていただきます」とお返事させていただきました。
―原作では繋がりのない3つの短編が、映画ではうまく繋がっていました。
「夢の国」の夢都子と「光の航路」の航という主人公2人が島の同じ小学校に通っていた同級生だったらどうだろうという発想から、1つに包んでいきました。別々のエピソードではありますが、どちらも親子の話。内包しているテーマ性が一致するのではないかと考えたのです。また登場人物の職業に教師という共通点がありました。そこで設定をちょっと変えさせていただいて、夢都子の夫と航が同じ学校で先生をしていることにしたのです。そして、夢都子と航の共通の思い出として「石の十字架」で描かれている五百羅漢に刻まれた隠れキリシタンの十字架の話を加えました。
―「夢の国」の冒頭、夢都子が買い物をしているとお店の人から実家について話しかけられました。地方の閉そく感が伝わってきます。
設定では、ギフトショップに法事のお返しを買いに行ったことになっています。そこまで意図していたわけではないですが、そう見てもらえればうれしいですね。僕も田舎育ちですが、地元に帰省すると昔から知っている人にその辺でばったり会ったりします。人との距離感が都会と全然違う。良いことであるものの、時に息苦しさを感じてしまうこともあるので、もしかするとそういった自分の体験からの実感みたいなものが無意識のうちに現れてしまったのかもしれません。
―「夢の国」で夢都子が憧れるドリームランドは原作では千葉のテーマパークとなっています。
多分、東京ディズニーランドのことでしょう。ただ、そこで撮影するのはハードルが高い。「光の航路」では、かつて島で盛んに行われたものの、そのときで最後になる進水式を描いています。「夢の国」のドリームランドも閉園間際に設定を変えることで、失われてしまった、あるいは失われていく場所や風景に対する思いも共通点として、2つの作品が繋げられればと思いました。
―ドリームランドを広島県の三倉山にすることで、姑からの束縛がより強く感じられました。
島から本土に渡って少し行ったところという設定で考えていましたが、夢都子にとって、実質的な距離ではなく、心の中の距離の問題。これも原作のテーマです。閉園間際という設定も含めて、近くにあるのに遠いということで、主人公にとって象徴的な場所になるのではないかと考えました。
―「夢の国」のラストが原作と少し違います。
原作でも親子の関係回復の兆しは描かれていたと思います。ただ、映画は小説と違い、行間を読むのではなく具体的な描写で物語を展開していきます。母と娘の間にドラマがある。その2人がどう変化したのかまで描きたい。それにはその場所に当事者がいることが必要だと考えました。
―「光の航路」は原作通りですね。
原作は、主人公の航が父親と同じように教師となり、担任をしているクラスのいじめ問題に取り組みながら、自分の幼い頃を振り返っていくという話です。そのまま素直に構成すれば映画になるなと思いました。
航の父親は亡くなっているので、そこに関しては物理的な解決はできません。しかし、父親の教え子の畑野にあたる存在が航にもある。畑野を通じて教師としての父親を知り、同じ接し方でいじめに取り組むことで自分の中に残してきたものを決着する。「光の航路」の大きなテーマだと思って描きました。
―「光の航路」で出てきた進水式のシーンは迫力がありました。
作品では最後の進水式となっていますが、実際には今でも、瀬戸内では進水式が行われています。シナリオを作っている段階で、「進水式を見てみよう」とスタッフと一緒に行って見てきました。巨大な船が初めて海に入っていくのを目の当たりにして、ものすごく感動しました。すぐにこれは絶対に映画の中に入れたいと思いました。幸いにも造船業者さんや造船会社さんにご協力いただいて、リアルな進水式が撮れました。ただ、儀式をすべて撮影できるわけではありません。撮り方を工夫して何回か撮影したものを組み合わせて、1つのシーンにしています。登場人物も今の映画が持っている技術を駆使して、そこに入れ込みました。これによって映画に説得力やリアリティが出たと思っています。
―作品を観た湊かなえ先生が「直接見るよりも、カメラ越しに見た海の方がハッとさせられる景色」とおっしゃったと聞きました。
原作が湊かなえ先生の故郷である因島を下敷きに書かれているので、因島を中心にロケーションハンティングに行きました。瀬戸内海の島は時刻による光の角度の違いによって海の見え方が変わる。晴れた日と曇った日では海の色そのものが変わってくる。北関東の海のないところで育った僕としては、それらのことは映画的な風景だなという印象を強く受けましたし、とても撮影し甲斐のあるモチーフでした。
撮影の佐々木くんにはデビュー以来ずっとお願いしていて、本作が3本目になります。僕らは「登場人物の目線に寄り添う形でカメラを置く」ことを常日頃から意識して撮影するようにしています。しかし、その土地で生まれ育ったわけではない僕たちが撮ると、どうしても外部からの視点になってしまいます。地元の人にとっては生まれたときから目に焼き付いている風景が、いつもと違って新鮮に見えたのでしょう。僕自身が映画を見てきた中で、日本人が撮る東京と、外国人が撮る東京は全然違うものに見えると感じたことがありましたが、それと同じではないかと思います。
―監督の作品には必ず、川瀬陽太さんが出演されています。
映画監督のアルフレッド・ヒッチコックは署名のように、自分の作品にヒッチコック自身がちょっとだけ顔を出していたことで有名です。川瀬陽太さんは私にとって署名のような存在ですね(笑)。これからもずっと出ていただければと思っています。
―今後の野望について教えてください。
野望というほどではないですが、僕は職人になりたいですね。ケーキ職人や畳職人と同じように、映画における専門職としての映画監督になりたいと思っています。今後、何か描かなければいけないテーマが出てくるかもしれませんが、今はいろんなジャンルの作品に挑戦したい。今回は人間ドラマでしたが、ラブコメやホラー、アクション映画もいいですね。僕はいろんなジャンルの映画を見て育ってきました。ジャンルを問わずに作っていくうちに、自分がどういう方向にむいているのかが見えてくるのではないかと思っています。僕にとって映画を作るのはとても楽しいこと。苦労もあるけれどやめられない。映画をコンスタントに撮り続けて、1本1本コツコツと丁寧に仕上げていければ、それに勝る喜びはないですね。
菊地健雄監督 プロフィール
1978年⽣まれ、栃⽊県⾜利市出⾝
明治⼤学卒業後、映画美学校5期⾼等科卒。映画美学校時代から瀬々敬久監督に師事。
助監督としての参加作品は『64』(瀬々敬久監督)、『岸辺の旅』(⿊沢清監督)など多数。15年『ディアーディアー』にて⻑編映画を初監督。同作は第39回モントリオール世界映画祭に正式出品され、フランクフルト第16回ニッポン・コネクションではニッポン・ヴィジョンズ審査員賞を受賞。⻑編2作⽬となる『ハローグッバイ』は第29回東京国際映画祭・⽇本映画スプラッシュ部⾨に正式出品され、全国順次公開中。またAmazonプライム・ビデオにて連続ドラマ『東京アリス』(数話監督)が好評配信中。本作は⾃⾝⻑編として3作⽬の監督作品となる。
『望郷』
2017年9月16日(土)新宿武蔵野館ほか 全国拡大上映
原作:湊かなえ「夢の国」「光の航路」(「望郷」文春文庫 所収)
監督:菊地健雄
出演:貫地谷しほり、大東駿介 、木村多江、緒形直人ほか
脚本:杉原憲明
音楽:ゲイリー芦屋
制作・配給:エイベックス・デジタル
©2017 avex digital Inc.
公式サイト:http://bokyo.jp/