台湾から石垣島へ、八重山移民の歴史を紐解く『海の彼方』黄インイク監督インタビュー

『海の彼方』がポレポレ東中野で8月12日(土)に公開される。この作品は日本統治時代、沖縄へ移民した台湾の人々を描くことをテーマにした黄監督の長編ドキュメンタリーシリーズ≪狂山之海(くるいやまのうみ)≫の第一弾。1930年代に沖縄石垣島に渡った台湾移民一家の3世代にわたる人生に光を当てることで、複雑な経緯を歩んできた東アジアの歴史を越え、記憶の軌跡と共に人生最後の旅をたどる。

『海の彼方』

©2016 Moolin Films, Ltd.

日本への留学経験を持ち、現在は沖縄を拠点とする若手の台湾人監督、黄インイク監督に作品を作るきっかけや思いなどをうかがった。

―『海の彼方』を撮ろうと思ったきっかけをお聞かせください。
八重山移民については大学時代に知りました。大学では映像を学び、ドキュメンタリーに興味を持っていたので、民族学の授業にも出ていたのです。大学3年のときでしたが、日本人の先生が台湾と日本の関係について詳しく解説する講座で「日本への台湾移民がいちばん多いのは沖縄」と話していたのが印象に残りました。今でこそ、台湾からたくさんの人が沖縄へ観光に出掛けますが、その頃(10年くらい前)は沖縄のことがあまり知られていなかったのです。
その後、日本の大学院に留学。ドキュメンタリー作品を作ることになり、台湾と日本の繋がりをテーマにしたいと考えたときに、八重山移民について思い出したのです。ちょうどその頃、松田良孝さんの『八重山の台湾人』が翻訳されました。友人に台湾から送ってもらって読みましたが、とても具体的に書かれていました。でも、もっと詳しく知りたい。13年に石垣島へフィールドワークに出掛けました。そこで調査したものが3部作のテーマになっています。

『海の彼方』

©2016 Moolin Films, Ltd.

―作品の中で主人公の慎吾さんは台湾とのハーフだということは小さい頃から認識していたけれど、祖父母の移民の歴史を知ったのは、『八重山の台湾人』を読んでからだと話していました。監督が慎吾さんに紹介したのでしょうか
私と出会ったときにはもう読んでいました。日本では2004年に出版され、玉木おばあの話も載っていたので、親族の中で本の話が伝わっていたようです。

―フィールドワークはどのように行ったのでしょうか。
とにかく聞き込みですね。インタビューできる人をまず1人見つけて、その人に知り合いを紹介してもらう形で広がっていきました。話を聞いて、それぞれの経験をまとめる。聞いた話がみんなに共通する経験とは限らない。その人だけの特別な経験かもしれません。私とカメラマンの2人で、1年かけて150人くらいインタビューしました。

―いちばん最初にインタビューした人はどのように見つけたのでしょうか。
石垣島に台湾系移民の人が集まる雑貨店があり、そこのオーナーです。台湾の雑貨や調味料があるので、石垣島の台湾人はここに集まってきます。
昔は石垣島と台湾の間でフェリーが通っていました。その頃は商店街に小さい台湾店がいくつもありました。また、台湾で担ぎ屋さんと呼ばれる女性たちがけっこう大勢いて、週2回くらい台湾のものを石垣に運んだり、石垣のものを台湾に持ってきたりして売っていました。今はフェリーがなくなり、仕入れも難しい。
そんな中、最後の一軒としてがんばって営業しているので、その雑貨店には台湾人が集まります。だからオーナーのおばさんは何でも知っている。昔から今のことまで全部わかる。
私はまず、そのおばさんと仲良くなったのです。「石垣島で聞き込み調査をしてドキュメンタリー作品を作りたい」と伝えて、いろいろ教えてもらいました。そしてお店に来る人に声を掛けて。インタビューをお願いしていったのです。
ただ、人が多すぎて、誰が誰なのかをすぐには把握できない。お店のおばさんやそこにいるほかの人から教えてもらいました。さらに東京や大阪、広島に移り住んだ子孫や戦争が終わってすぐに台湾に帰った人など、石垣島だけでなく探せる人は探して話を聞きに行きました。そして2014年後半に三部作構成のドキュメンタリー映画にすることに決めたのです。

―世代によって台湾への思いが違いますね。
フィールドワークの途中で「10年前なら先輩たちが生きていた。もっと早く来てほしかった」と多くの人から言われました。しかし、10年前に撮るべきものを今、撮るのではなく、2015年の時点で八重山の台湾移民を考えたら、どういう視点から見るか。私にとってのタイミングが重要です。私が撮るべきことは過去に起きたこと(歴史)をまとめて語ることではありません。一世たちは亡くなり、子世代は幼い頃、母親とさえ台湾語で話すことを避けていたので、今は台湾語が話せない。孫の世代は意識として日本人。今はもう差別もありません。世代間で大きく違います。移民の歴史がここで終わるのか、終わらないのであれば何を残すのか。そこを私は知りたかった。

―作品では玉木家にスポットを当てて描いています。
150人から聞いた話をまとめたところ、ほとんどの人が経験した、共通になることがわかってきたのです。そこで、三部作のうち一作目で「なぜ台湾人たちがこんな小さい島に移住したのか」と移民の歴史を説明することにして、うまく説明できるような人物、家族を探しました。
私はドキュメンタリーを作るなら一般的な話でまとめるのではなく、ストーリー性があって魅力的な人物を主人公にしたいと考えていたのです。その際、当時のことを知っている一世がいないと語れません。インタビューした150人の中に一世の人は何人かいました。しかし「話が聞き取りにくい」、「記憶を失っている」、「健康状態がよくない」といった人が多く、主人公をお願いできませんでした。
その中で玉木おばあは健康で自由に動ける。記憶力が素晴らしい。表現力だけでなく人としての魅力もある。また玉木家は八重山の台湾移民のなかでいちばん人数が多い大家族です。子どもが7人で、いろいろな経験をしている。例えば長女は台湾人を理由に結婚が許されなかった。次女は長年本土で働いていたが、定年を前に戻ってきた。いろいろと違う面が見え、歴史を伝えられる。それで主人公は玉木家にしようと思いました。
また、米寿の準備から撮っていたので、玉木家の中に入っていきやすかった。家族の雰囲気もよく、考えていた以上に家族の視点で撮っていけると感じました。本来ならそこまでいけるかどうかわかりません。家族から歴史を見るドキュメンタリー作品が作ることができると強く感じました。

『海の彼方』

©2016 Moolin Films, Ltd.

―おばあとは最初から意気投合していたのでしょうか。
初めはおばあとそんなに親しいわけではありませんでした。むしろ、おばあの次男・茂治さんと三男・文治さんと何度も会って話をしましたね。そこで玉木家が2015年におばあの米寿のお祝いを計画していて、その後で台湾に連れていきたいと考えていることを知ったのです。これは面白いと思いました。ある二世の女性をインタビューしていたときに「母親を台湾に連れて行ったとき、向こうに住む母親の親戚が集まって撮った写真をみんなが宝物のように大切に持っている」と写真を見せてもらったことを思い出したのです。「玉木家はこれからそういうことをする。ついて行きたい」と思い、台湾旅行も密着しました。

―玉木家の人たちが監督に心を開いているのが伝わってきました。
おばあと息子さん2人(茂治さん、文治さん)以外は会ったことがなかったので、茂治さんが私を家族に会わせてくれました。玉木家の人に最初のころは「この人、また来ている」と思われていたかもしれません。一般的な取材は1回だけですが、玉木家には華僑の行事毎に度々会っていましたの
で、だんだん親しくなっていきました。
映画に出てくる米寿のお祝いや台湾への里帰りは家族を撮り始めてから半年後のこと。そこまでの半年間で親しくなったので、米寿や里帰りのときは自然に中に入って撮れるようになりました。編集をしているときに気がつきましたが、2014年の映像と2015年の米寿の映像では玉木家の家族との距離感が全く違います。

―慎吾さんのルーツ探しと未来の模索も描かれています。
家族のドキュメンタリーなので第三者の冷たいナレーションではなく、家族の誰かに主人公になってほしい。しかし、おばあがナレーションをすると、自分の歴史を語る重たい語り口になると思
い、慎吾さんを主人公にして、彼の視点から作りました。その結果、ルーツ探しの部分も入ったのです。

『海の彼方』

©2016 Moolin Films, Ltd.

―子世代は「台湾語が話せない」と言っています。しかし、作品を見るとおばあが台湾に里帰りしたとき、向こうの家族と台湾語で話しているのを理解しているように見えました。
不思議ですが、台湾語を聞き取ることはできているのです。私は両方の言語がわかりますが、美奈子さんも美枝子さんも、おばあたちの会話を忠男さんや慎吾さんにちゃんと伝えていました。
この作品を石垣島で上映したときにイベントとして台湾の小学生が石垣島を訪れたのですが、そのときに三女の美佐子さんは台湾語を理解して、孫世代に通訳していました。美佐子さんの世代まで聞き取る力は身についていたようです。しかし、台湾語を話すことはできない。「昔は母親とも台湾語で話すことさえ避けていた」と言っていましたから、心のどこかにストッパーがかかっているのかもしれません。

『海の彼方』

©2016 Moolin Films, Ltd.

―おばあの台湾への里帰りに同行した慎吾さんが「「小さい頃から食べていたものが台湾料理だったとわかった」と話していました。食文化はアイデンティティーの大きな要因でしょうか。
作品の最後に家族でちまきを作る様子と儀式を入れました。それは味や儀式というものが日常生活の中に残されると思ったからです。

―今後の野望についてお聞かせください。
三部作全体としては八重山の台湾移民がテーマで、私のこれまでの活動と今後の活動をまとめるものにしたい。現在、沖縄を活動拠点にしていますが、そのライフワークの集大成のつもりです。そして、次は西表島の炭鉱、三作目は石垣島で竜の舞をしている移民三世の人を取り上げます。
『海の彼方』では移民の歴史をアニメーションで表現しました。二作目では30年代の炭鉱の様子を俳優が演じる形で再現してドキュメンタリーの中に入れてみようと思っています。そのほうが伝わりやすいでしょう。そのためのクラウドファンディングを8月の上映に合わせて開きます。500万円くらい集まると助かります。

監督次回作のクラウドファンディング支援者求む!!

黄インイク監督が次回作、西表島の炭鉱を舞台とした映画『緑の牢獄』を制作中!
詳しい情報は、下記HPにて
「狂山之海」三部作サイト:http://www.yaeyamatrilogy.com

黄インイク監督プロフィール

黄インイク監督

台湾・台東市生まれ。台湾政治大学テレビ放送学科卒業、東京造形大学大学院映画専攻修士を取得。現在沖縄県在住。
2010年ドキュメンタリー作品のデビュー作『五谷王北街から台北へ』を発表、この映画は台湾の出稼ぎタイ人労働者をテーマとした人類学映画であり、杭州アジア青年映画祭「アジアの光」青年短編コンペティション部門、北京インディペンデント映画祭などの映画祭に出品される。
2013年、私的なドキュメンタリー『夜の温度』がスイス・ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭国際コンペティションに招待され、ブエノスアイレス国際ドキュメンタリー映画祭国際コンペティション、杭州アジア青年映画祭、台北映画祭最優秀ドキュメンタリー賞にノミネートされる。
2014年、河瀬直美がアートディレクターを務めた、奈良国際映画祭とスイスジュネーブ芸術大学の共同映画制作プロジェクト「Grand Voyage:壮大な航海」に参加。短編ドキュメンタリー『杣人』を制作。
2015年、映画製作会社「木林映画」を台湾で設立。沖縄を拠点に、戦前からの台湾移民や殖民関係などのテーマをシリーズとしたドキュメンタリープロジェクト『狂山之海』の制作を開始。企画『狂山之海』が2015年ベルリン国際映画祭主催の若手映画製作者向けプログラム「ベルリナーレ・タレンツ」(Berlinale Talents)のドキュメンタリー企画部門「ドック・ステーション」(Doc Station)に選出される。制作中のドキュメンタリー企画『緑の牢獄』がスイス・ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭のピッチング・セッションで大賞を受賞。
2016年、沖縄台湾移民の長編ドキュメンタリー映画第一弾『海の彼方』が台北映画祭2016にノミネート。2016年9月末から台湾劇場公開を果たし、この夏、日本でも公開をすることとなった。
《作品歴》
『海の彼方』After Spring, the Tamaki Family…
2016 | Documentary | 96 min.(国際版)/ 123 min.(日本公開版)
『杣人』YAMAMORI
2014 | Documentary | 30 min.
『夜の温度』Temperature at Nights
2013 | Documentary | 55 min.
『五谷王北街から台北へ』Wuguwang N.St. to Taipei
2010 | Documentary | 41 min.

『海の彼方』
<story>
沖縄石垣島の台湾移民の歴史は、1930年代、日本統治時代の台湾から、農家たちが集団移民したことに始まる。その中に、玉木家の人々もいた。
2015年春、88歳になる玉代おばあは、娘や孫たちに連れられて台湾・埔里へ最後の里帰りに向かう。長年の想いを経て辿り着くが、70年の歳月がもたらした時代の変化は予想以上に大きく…。
ある台湾移民一家の3世代にわたる人生に光を当てることで、複雑な経緯を歩んできた東アジアの歴史を越え、記憶の軌跡と共に人生最後の旅を辿る。

2017年8月12日より ポレポレ東中野ほか全国順次公開!
監督・プロデューサー:黄インイク
出演:玉木玉代、玉木秋雄、登野城美奈子、玉木美枝子、吉原美佐子、玉木茂治、志良堂久美子、玉木文治、玉木慎吾、登野城忠男
ナレーション:玉木慎吾
配給:太秦
Ⓒ 2016 Moolin Films, Ltd.
公式サイト:https://uminokanata.com/
<取材・文:堀木三紀>

2017-08-01 | Posted in NEWSComments Closed 
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